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夢野カブの歴史 第1章


   1969年

1969年 4月
倉敷市立連島東小学校入学 入学式の日に流れたへんてこりんな歌がてんで歌えずに周りを キョロキョロしておふくろにドツカレル。
その歌は『君が代』だった。
時にウッドストックがあったこの年ジミー・ヘンドリックスの‘ジ’の字もジャニス・ジョップリンの ‘ジ’の字も知る由もなく、天地真理より実は麻丘めぐみ(天地よりやはり麻丘か?)が微妙に好きだと 思っていたが、人にはうまく伝えられない僕がいた。

親父のかたわらで見ていたプロレス中継にも多大なる悪影響を受け、学校では幼稚園の頃とうって変わり、 ガキ大将に変貌を遂げて今で云う‘いじめっ子’と化す。

そして、同時期に母親に連れていかれた坂本九のコンサートで初めての生バンドの演奏を聞いた。 これにはかなり衝撃を受け、その夜興奮して眠れなかったのを憶えている。 (親父に連れていかれたプロレスで初めてジャイアント馬場を見た時も恐怖で眠れなかった) その後同じ状況下で、三田明、小柳ルミコ、都はるみ等のコンサートも経験する。 将来は歌手になるかプロレスラーになるかと迷いに迷っていたこの頃であった。

歌謡曲好きだった(?)母親の傘下で当然、麻丘めぐみ等のヒットシングルも買ってもらい聴いていたが、 母がもともと購入していたタイガースやテンプターズのグループサウンズも好んで聴いていて、 ちょっとアイドル達の曲とは違うなぁ…なんて事も僅かながら思っていた。

母親が、にしきのあきらの『愛があれば年の差なんて』やタイガースの『花の首飾り』をよく聞いて、 鼻歌っていたことは僕の中でよ〜く憶えてる風景。


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